プレッシャーは、人のパフォーマンスを低下させる
高校生の少女は、その日、いつものようにサッカーの試合でゴールキーパーとして出場していた。
ゴールキーパーとは最も華やかで、かつ最も悲惨なポジションだと彼女は思っていた。一人だけ違ったユニフォームを着て、ゴールが放たれる度に人々の視線を集める。厳しいシュートを決めたときは、最高の賛辞が送られるが、反対に決められてしまった時はとても惨めで悲しい気持ちになる。
「今日の試合は、調子がいいわ」それもそのはず。彼女は、オリンピック候補生を兼ねたカリフォルニア州の選抜メンバーに選ばれたばかりだったのだ。
ただし、良いコンディションは、突然調子を崩し始めた。ナショナルチームのコーチが、自分のすぐ後ろに立って、プレーを見学している事に気が付いた直後に。
「その瞬間に全てが変わったの。自分のプレーは最高から最低レベルに一気に落ちたのよ」と彼女は語る。
その時から、全ての動きがスローモーションのように見えはじめたと言う。ボールの動きにフォーカスできるはずなのに、あろうことか彼女は飛んできたボールを、自分の指ではじいてゴールに入れてしまった。
結果、オリンピック代表に選ばれるチャンスを逃してしまった。
宴会のスピーチでも、緊張しすぎてしまうのはなぜか?
人は、プレッシャーを感じると体を自由に動かす事が困難になります。成功させなければ、上手くやらなければと思えば思うほど、普段出来る簡単な事さえ失敗しやすくなるのです。
スピーチに関しても同じです。例えば、新年会などの宴会のスピーチを習いに来る人がいるのですが、失敗するのではないかと必要以上に過敏になる人がいます。そういう過緊張を「プレッシャー型あがり」と呼んでいます。実際は、宴会のスピーチで失敗しても、宴がはじまってしまえば、誰もあなたのスピーチのことなど忘れてしまいます。他人にとってはそれほど些細なことなのに、自分のこととなると気になりすぎてしまう。プレッシャーを過敏に受け取ってしまうタイプの人が陥りやすい緊張です。
もちろん、プレッシャーを逆手にとって力に変えてしまう人もいます。このような方は、プレッシャーからくる緊張をコントロールする方法を知って、上手に能力を発揮できる人です。
他にも、あがり症の受講生を見ていると、慣れていない場所で話す際の「異空間型あがり」や、練習不足などの「準備不足あがり」など、性格や思考のクセなどによって、様々な「あがり」の種類があります。
「緊張」は味方「あがり」は敵
私があえて、「緊張」と「あがり」という言葉を使い分けているのは、「緊張」は悪いことではないからです。むしろ、緊張は人間の生理現象として生きていく上で必要です。
例えば、スピーチで大勢の人を前にした時、人は突然、多くの視線にさらされるわけです。そして、その相手は、敵か味方か分からない相手だとしたら、体は直ちに「戦闘態勢」を取ります。心拍数があがり、血液を体に流し込み、筋肉を硬直させ、いつでも戦える態勢になります。ここまでは、いわば「戦える態勢」をつくる良い作用です。ただし、緊張状態をこのまま放置し、過度にこの状態が続くと、次第に自分の体のコントロールがきかなくなってしまうのです。言わば「緊張の悪循環」です。
スピーチの際、呼吸がしにくくなり声が出なくなる、表情が硬くなり、口が開かなくなるという経験は誰しもあるはずです。こういった状態は、「緊張の悪循環」から作り出されています。
「緊張」は戦うために大切だけれど、コントロールがきかなくなると「あがり」に発展し、声が出なくなったり、表情が硬くなったりして、失敗しやすくなるということなのです。その前に、私たちアナウンサーは、緊張をコントロールしています。
エグゼクティブスピーチトレーナー 野村絵理奈